「システム開発の契約書を交わす前にプロジェクトが動き出してしまった」「発注者との間で、仕様の認識が食い違っている」といったお悩みはありませんか?
IT企業やシステム開発に携わる事業者は、一般的な契約トラブルに加えて、開発プロジェクト特有の法務リスクを抱えています。中でも、契約書の締結が後回しになったまま作業が先行してしまうケースは、紛争の典型的な発生パターンの一つです。
本記事では、IT企業・システム開発会社に特有の法務リスクと、その予防策について解説します。
リスク1|契約書を交わす前の見切り発車によるトラブル
多くのシステム開発は、ユーザ(発注者)内の稟議や開発開始目標時期がすでに決まっており、それを遅らせることはできないという状況下でスタートします。そこで、契約書の締結は後回しになり、とりあえず開発に着手してしまうという例も少なくありません(出典:森・濱田松本法律事務所編、飯田耕一郎・田中浩之・渡邉峻著『企業訴訟実務問題シリーズ システム開発訴訟〔第2版〕』中央経済社、4頁)。
契約書を交わす前にプロジェクトが途中で中止してしまうと、ユーザが契約の成立自体を争い、報酬の支払いを拒むケースがあります。ベンダの能力に不安を抱いた、採用したパッケージが自社の業務に適合しないことが判明した、経営環境の急な変化でプロジェクト自体が不要になったなど、理由はさまざまですが、契約書が交わされていないことを奇貨として、契約は成立していないと主張されてしまうことがあり得ます(出典:同資料4頁)。
このような場合、ベンダとしては、契約書は作成されていないものの口頭で契約が成立しているとして未払報酬を請求することが考えられますが、契約成立の有無自体が争点になってしまい、立証の負担が重くなります(出典:同資料4頁〜5頁)。企業間の契約実務が成熟した現代では、口頭による契約成立が広く認められる傾向にはなく、合意内容を明確に記した契約書がなければ紛争を招きやすい状況にあるといえます(出典:同資料5頁)。
リスク2|要件定義・仕様の齟齬による契約内容を巡る争い
契約書自体は作成されていても、要件定義書や仕様書の内容が曖昧なまま契約が締結され、後になって「言った・言わない」の争いに発展するケースもあります。特に、開発途中で納期や代金の変更合意が行われた場合、その変更合意が成立していたかどうかも争点になり得ます。
契約書がないことにより契約成立を争う場合であっても、事実として契約の成立が認められないときは、ベンダからユーザに対して商法512条に基づく報酬請求が認められる可能性や、契約締結上の過失(信義則)に基づく損害賠償請求が問題になることもあります(出典:同資料4頁)。いずれにせよ、事後的な法的構成に頼らざるを得ない状況は、双方にとって望ましくありません。
予防のカギは「プロジェクト開始時の実行可否判断」です
何よりも大切なのは、システム開発プロジェクトが無事に成功することであり、ユーザもベンダも、平時の管理に力を注ぐべきとされています。管理に割く時間や労力、そのための人員・費用は無駄に思われがちですが、有事が発生してから投入を強いられる時間・労力・費用よりもはるかに少なく、建設的です(出典:同資料138頁)。
特に重要とされるのが、プロジェクト開始時点での「実行可否判断」です。
- ユーザは、プロジェクトの目的と優先順位を明確にしたうえで、目的達成のために十分な時間・予算・人員の割り当てを行うべきである
- プロジェクトが始まった後に不測の事態が生じる可能性があるため、予備の期間・費用・人員についても最初から準備しておくべきである
- 大型プロジェクトでは、第三者のシステムコンサルタントを用いるなど、客観的・中立的な立場からの助言を受けることも検討すべきである
- ベンダは、提案・見積り段階でプロジェクトの実行可能性について厳しく吟味すべき立場にある(提案・見積りの内容は、その後締結される契約の解釈においても重要な役割を果たす)
プロジェクトが失敗して大きな損害を発生させる危険を伴うものであるという危機意識を、ユーザ・ベンダ双方の関係者が最初から共有できているかどうかが、実効的な管理体制を築けるかどうかの分かれ目になります(出典:同資料138頁)。
個人情報保護法・データの取扱いに関するリスク
IT企業は、業務の性質上、顧客企業のシステムやサービスを通じて大量の個人データを取り扱う機会が多く、個人情報保護法への対応も特有のリスクとなります。委託元から取得した個人データの管理体制、クラウドサービス利用時の第三者提供・委託の整理、情報漏えい時の報告義務など、開発・運用の各段階で法的な確認が必要な場面が生じます。
契約上、委託元との間で秘密保持義務やセキュリティ水準についてどこまでの合意がなされているかによって、万一のトラブル発生時の責任の所在が大きく変わってきます。
IT関連の契約は早めのご相談をお勧めします
次のような場合は、早めに弁護士へご相談ください。
- 契約書を締結する前にプロジェクトが動き出してしまっている場合
- 要件定義書・仕様書の内容が曖昧なまま契約を進めようとしている場合
- 発注者・受注者間で仕様や納期についての認識にずれが生じている場合
- 個人データの取扱いについて委託契約上の整理を確認したい場合
契約書の締結前にご相談いただければ、紛争の芽を事前に摘み、双方にとって明確なルールのもとでプロジェクトを進めることができます。
福岡市西部・糸島地域で法律相談をご検討中の方へ
わかさ法律事務所では、福岡市西部・糸島地域を中心に、企業法務・IT関連のご相談を数多くお受けしています。
代表弁護士である私は、独立開業前に国内有数の大手法律事務所において、多岐にわたる案件を担当してまいりました。
その経験を活かし、システム開発を手掛ける事業者様、システムを発注される事業者様の双方に寄り添い、契約書の整備からトラブル対応まで実務的なサポートをいたします。
まとめ|契約書の後回しが最大のリスクです
IT企業・システム開発会社にとって最も典型的な法務リスクは、稟議や開発スケジュールの都合で契約書の締結が後回しになり、後になって契約の成立や内容そのものが争いになることです。プロジェクト開始時点で実行可否を慎重に判断し、契約書を早期に整備することが、最大の予防策になります。
システム開発・IT関連の契約でお悩みの際は、お一人で抱え込まず、まずはお気軽に当事務所までご相談ください。
参考資料・出典
森・濱田松本法律事務所編、飯田耕一郎、田中浩之、渡邉峻著『企業訴訟実務問題シリーズ システム開発訴訟〔第2版〕』中央経済社、2022年7月10日